「ちゃんとプロテイン取ってる？」
前の職場の先輩に言われて1番印象に残っている言葉だ。
僕は前職で経理をしていて、その先輩は営業だった。筋肉について語らせるとずっと喋っていたので勝手に「筋肉さん」と心の中で呼びながら接していた。経理と営業は違うフロアで用事がある時は内線を使うことが多く、急用や対面せざるを得ない状況でない限り、営業と経理が直接やり取りをするということはなかった。
ある日、僕が筋肉さんに「やっぱプロテイン取ったり筋トレしてるんですか？」と軽率に聞いてしまい、それが悲劇の始まりだった。嬉しかったのか同志だと思われたのか、その日以降毎日経理のフロアに現れては筋肉や筋トレ、プロテインの話を10〜15分ほどしてくるようになった。
時間は不定期で、いつ現れるかわからなかったけれど、上がってきて人影が見えるとシルエットで筋肉さんだと分かった。（ほんと毎日来るな‥）と思いながらも筋肉さんが筋肉してるところを毎日うんうん聞いていた。
「体重かけるなんとかでプロテインは1日何グラムとって〜」「ザバスはやっぱ赤色が〜」「ホエイが嫌なら大豆からでもいいかもね」「なんか最近調子いいんだよね、谷口もプロテ」とかなんとか言ってたが全然頭に入ってこない。この人のボーナスはプロテイン2ヶ月分でも大丈夫だと思った。
いつものように筋肉さんが遠くから歩いてきたのがわかり（今日もきたな）と思っていたら突然「なんか顔色悪くない？ちゃんとプロテイン取ってる？」と聞かれたことがツボで僕の笑い声がフロア中に響きわたったのを鮮明に覚えている。普段から経理のフロアは話し声が聞こえないくらい静かだったのでかなり響いたと思う。
唯一覚えてるのはそれだけだった。
その人が言うには「谷口にはまずプロテインを飲んで欲しかったんだよね。筋トレとかってなかなか始めづらいじゃない？だからまずはプロテインかなって。だから、どうしたらプロテインを飲んでくれるか考えたんだよね。そしたら、谷口って血色悪いなあって前から思ってたからそれを指摘したらプロテイン飲んでくれるかな？って思った」とのこと。
（前から血色悪いやつだと思われてたのか‥）と思ったものの、筋肉さんなりに考えてくれてたんだなと思った。そのとき僕は「今すぐ飲み始めるかはわかりませんが、僕が新しいこと始めたり、なんか続けるためにがんばるか〜とかそんなタイミングがあったら飲みますね」と伝えると嬉しそうな表情をしていた。よくわからなかったが、多分それで良かったんだと思う。
それ以降、筋肉さんは僕のいるフロアに来なくなり、たまに会っても筋肉の話をしてこなくなった。少し寂しい気もしたけれど、今思うとあれは筋肉さんなりのエールだったんだと思う。谷口元気か？プロテイン飲めよと。迷ったらプロテインという選択肢もあるぞと。困ったらまずはプロテインですよ‥と。
前職を辞めて新たにデザインの勉強を始め、いい機会だし生活習慣も見直すかあと手始めに何をするか考えたときに、ふと筋肉さんの言葉が浮かんだのである。
「ちゃんとプロテイン取ってる？」